喜び悲しみワンセット
嬉しすぎることがあったら
悲しすぎることが起きる
ようになってる
どーも福本です
人間の心は
絶対に
嬉しいことがあったら
その分の悲しいことが起こるようになってて
反対に悲しいことがあったら
嬉しいことが起きるようになってる
だから
自分から悲しみに突っ込んでいって
喜びを得るのが
1番幸せに近いと思う
自分がどれだけの悲しみ耐えれて
どれだけの喜びを得ることができるか
っていうのがわかるし
しんどくないし
無理しやんでいいから
逆に
自分から喜びに突っ込んで行って
喜びまくって
この時が永遠やと思って喜び過ぎてもうて
来るわけないと思ってる悲しみがどーんって来るのは
俺はしんどいと思う
クレジットカードで無限に使えると思って
お金使いまくって
月末にとんでもない請求が来るのと全く同じやな
喜びも受け入れ過ぎたら
悲しみもまた同じぐらい受け入れてしまうから
なんで悲しみを先に受け入れるほうがいいかって言ったら
さっきも言ったけど
ある程度自分で覚悟した範囲の悲しみやから
辛いけどその時点で悲しみを清算してるから
後から来るのは純粋な喜びオンリーなわけやん
そしたらこんなけ悲しい思いをしたらこんなけ喜びが得れるんや!
ってわかるわけやん
そしたら何が起こるって
喜びの連鎖が起こるねん
じゃあもっと悲しみを受け入れたらもっと喜びがもらえるんちゃん!っていう発想に自然になるやん
悲しみの分だけ喜びがもらえる
っていう発想が定着するやん
だから悲しみを先に受け入れたほうがいいと思う
逆に喜びを先に受け入れたら悲しみの連鎖が起こるねんな
まあさっきのクレジットカードの例えもそうやけど
喜びを受け入れたら浮かれる可能性があるやん
やったー!うれしー!
このままこういう時間が永遠に続けばいいのになー…
っていう
だから俺はそれ危険やと思うねん
やり過ぎてしまうやん
気持ちが良いから
気持ちが悪かったらやり過ぎることなんか絶対にないやん
悲しみはだから逆に言うと安心でもあるよな
じゃあなんで喜び過ぎたら危険なのかって
クレジットカードで支払いできひんかったら
他人からもらうか借りるか奪うかしかなくなるねんな
まあ、自分でコツコツ返すっていう手もあるけど
クレジットカードで使い過ぎたような人がいきなりそんな改心するわけないからないこととするけど
まあ簡単に言ったら他人の喜びを奪ってしまうからやねんな
他人の喜びを奪ったら
他人の悲しみも奪うことになるから
今度は悲しいことが他人からもなだれ込んでくることになるねんな
それでまた違う他人から喜びを奪ったりなんかしたらえらいことやな
多重債務みたいなもんやな
クレジットカード払われへんからお金借りて
一時的には払い戻せたけど
払われへんからまた違う人から借りて苦しくなる
っていう現象が心にも起こるわけやねんな
元はと言えば自分が必要以上に喜びを得たいっていう欲望からのはじまりやねん
だから先に喜びを得るのはやめたほうがいい
自分にどれだけの喜びが必要で
どれだけの悲しみになら対応できるのか
よく考えて
喜び過ぎず、悲しみ過ぎず
適度な範囲で人生を楽しむ
っていう考え方も大事やと思うなー俺は
それでもどうしても刺激のある人生がいいんやったら
その分の悲しみは覚悟して生きないと
悲しみの連鎖に飲み込まれて不幸せに感じるのは自分やからな
まあ考え方とか生き方は自由やけど
俺はそう思うな
まあ今日はそんな感じやな
ほな、終わり